なにそれ経営者のブログ

仕事と彼女と人生観

キャパ問題

雇用の問題は、マネージメント側のキャパ問題とも言える。誰もが人であり、人はすぐに壊れる、いまたまたま健康な身体と心が備わっているだけで、いつそうなってもおかしくない。過度なストレスがかかったり、健康状態がよくなかったり、プライベートに不安要素があったりすると誰もが簡単に壊れる。窓のない部屋で食事だけ出される生活をすると時間の感覚も失うし自分も見失うらしい(人のメンタルはそれくらい危うい)。壊れそうになったとしてそのときまわりの人にどうしてほしいと思うか。やっぱり手を差し伸べるべきで、そう考えると、マネージメントは、まずはどうやったらその人を活かせるかを考えるのが筋だし、できるだけ活躍してもらえる方法を考えるべき。能力がどうとか、パフォーマンスがどうとか、確かにうまくフィットしない人もいるけど、それは活かしきれていないだけで、必ず発揮できるやり方、機会のつくり方はあってまだ見出せていないだけ。誰もが簡単に終わってしまうリスクを抱えながら、でも何かあったら助けてくれる。このことを示せば、メンバーの安心感にもつながる。セーフティネット的で経営的には甘いのかもしれないけど、人の能力なんて大差ないし、選べるようで選べないし、選んだところで期待どおりなんて保証はどこにもないし、与えられたリソースでどう解決するかが求められるわけだから、基本的には活かす方向を模索するのは正しい気がする。

イメージできないものを概念で理解するということ

ベルンハルト・リーマンの1857年論文における被覆面の記述(*1)は、概念を起点とするリーマンの思想がよく表れている。多価関数の解決策としての被覆面はかなり直観的。例えば、f(z)=√zは一つのzに対して二つのf(z)が定まる。w=f(z)として、複素数平面zからwへの写像を考えると、単位円でzが二周する間にzに対応するwは一周しかしない(z=iのときw=±(1+i)/√2、z=-1のときw=±i)。ここで倍速のz平面が二枚重なっていて二周目は二枚目に突入すると考えると、w平面とぴったり重なる。そしてちょうど二周したときに最初のスタート地点に戻す。ここは自己交差していないと思い込む(接続面は可視化できない)。以下に、リーマンの言葉を以下に引用する。

「多くの研究、わけても代数関数とアーベル関数の研究のためには、多価関数の分岐様式を次のようにして幾何学的に描出するのが適切であろう。(x,y)平面において(x,y)平面とぴったり重なり合うもう1枚の面が(あるいはある限りなく薄い物体が(x,y)平面の上に)広がっている状勢を心の中に描いてみよう。ただしその面は関数が与えられている範囲にわたって、しかもその範囲に限定されて伸び広がっているものとする。したがって、この関数が接続されていくと、それに伴ってこの面もまた延長されていくことになる。(x,y)平面の、この関数の二通りまたはいく通りもの接続が存在するような場所の上では、この面は二枚または幾重にも折り重なっている。そのような場所の上では、この面は二枚またはいく枚かの葉から構成されていてそれらの葉の各々は関数の一つの分岐を表している…多価関数はその分岐を上記のように描き出す面の各々の点において、ただ一つの定値を持つ。それゆえその関数は、この面の位置についての完全に確定する関数とみなされるのである。」

ウィキペディアの図がきれい。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/リーマン面

*1: 加藤文元「リーマンの数学と思想」共立出版

お金のつながりはきれやすい

人をどうやって集めるか。じぶんが心からおもしろいと思う事業をやることかも。よい条件、例えばストックオプションなどを提示して会社に貢献すれば自分も儲かる仕組みで口説いたとしても、重視している観点がお金だとするとお金を手にした瞬間に離れることもある。そのときのベストは常に変わるので離れることに関して否定的ではないけど、そこじゃないんだよなぁと。カネやらカイシャがまわりだすと、経営陣はなんとかそれを維持しようという考えで人を確保しようとするけど、条件でつると長期的にはうまくいかない。そもそもなんのために事業をしてるのか。これがブレていなくて、誰かに響けばフォロワーはうまれる。理想論過ぎるのかなぁ…

ボラティリティ

米国株式市場。ダウ平均株価は、1月26日につけた過去最高額26,616.71から一転、2月8日に23,860.46となり、ピーク時からの下落幅が10%以上、歴史的な下げ幅のようである。WSJによると(*1)、市場関係者はこの理由に関して、Why? やらno reason やらコメントしており混乱の様子が伺える。市場は10%下げたあと9日少し上がり、とりあえず安心局面にはいったとの見方が広がっている。ファンダメンタルズは整っているのになぜか下がる。でも10%からの反発。10%はトレーダーにとってなんの意味もない数値だけどこれ以上下げたら取り返しがつかないことになる的な人間の感覚が盛り込まれたんじゃないかと直観した。それと、ボラティリティに関しては、超頭のいい人たちがつくった金融工学の理論やそれを活用したプログラムで日々戦っているにも関わらず、まだ理解できないことが起こるのか、むしろ理由はあるけど人には理解しにくい現象なのかとも。
日経の記事(*2)で「リスク・パリティ」という考え方によるポートフォリオの組み方があることを知った。発音のかわいさもさることながら、期待値ではなくて分散のみをインプットにしているという。これまたtrickyだがおもしろい。

*1: WSJ 2/9
U.S. Stocks Rebound as Wild Week Ends
https://www.wsj.com/amp/articles/global-stock-slump-continues-1518138066

*2: 日経新聞 2/9
ボラティリティーが揺らす市場(上)リスク均衡狙い株売却  リスク・パリティ戦略 自動取引、急落に反応
https://r.nikkei.com/article/DGKKZO26712800Y8A200C1EN2000

 

決定的に違う

経営者と従業員の違い。誰かから与えられるものは何もない。これが決定的な違いかも。いくらプロフェッショナルなファームで自己責任で成長しろと言われたところで、どうがんばっても整えられているものに関してはつくることに関する意識を持ちにくい。社内で整えておいてシェアしたほうが効率的だし合理的。むしろ必要なところにその人の能力を使ってもらう。なにもないところから創るべきところと利用すべきところ。自分で手を動かしたほうが理解はできるが勝負できるレベルには至るために時間がかかる。

好き嫌い

好きとか嫌いはこどもがダダこねる感情とおなじ。深いのではなくて逆に浅い。え?そんなこと?っていう理由だからまともに考えると全く理解できない。好きなんだからしょうがない。嫌いなものもしょうがない。浅いから考えても答えはないし、すでに答えは出ている。何にこだわっているのかはほんとうに人それぞれでまじでいい大人がめちゃくちゃ幼稚な理由なことがある。変なプライド。謎のこだわりポイント。優先順位は人それぞれ。

消極的選択

こだわりはないと思っていたけど決められないという時点で何かにこだわっている。選ばないことはある意味で選んでいる。ほんとうにどうでもいいことであればそもそも悩むこともないし、ほかにもいろいろ考えることはあるのでさっさと決めて忘れることができる。そして、悩んでも悩んでも答えがでないのは悩むことをやめたほうがよく。数ヶ月同じことを考えてみて結論がでないのは結論がでないということ。