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なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

獲れたての魚

コミュニケーションで事故ることがたまにある。いわゆる「もってきかた」を間違えるというやつ。しかしながら、同じことを違う表現で言っただけで結果が変わるってのはおかしい。気持ちいい言葉のチョイスは相手を慮るという意味では必要だけど本質ではない。そんなのに影響されんといてくれ!結局どっちでもよかったんかい!そうじゃないでしょう!行為や結果に対する判断・評価をすべきで、あいつがうまいこと言ったからというのは軽すぎる。コンペでプレゼンのうまさで結果が変わるみたいな話はほんと嫌。それも含めて勝負ではあるものの、そこで決めてしまうような奴は極めてレベルが低い。会社名で個人の素質を決めつけるくらいダサい。ちゃんと中身をみてほしい。自分の頭で考えてほしい。営業の仕事がそれかもしれんがどうにかならんものか。

あるいは、結果が決まってんのに仰々しくやるセレモニー。これはなんなんだ。それをやって何になるんや。やってもやらなくても結果がかわらないなら、やるだけ無駄。なぜやるのか!ほんとにわからない。意味があると思っているのか、いまは意味ないけどやることでゆくゆくは何かに影響してくるのか。

そもそもビジネス的なコミュニケーションはみんな言葉をラッピングし過ぎじゃと常々思っている。公式感を出そうとすると表現がとたんに重くなる。言いたいことは「いますぐやってほしい」だけなのに「差し支えなければ」「ご負担でなければ」みたいな美辞麗句を並べて謙譲しつつ、相手をたてる。それだと、コミュニケーションコストがかかり過ぎててみんなが疲弊しちゃってんじゃない?もっとエコにならんのかい。コミュニケーションするってことは互いの貴重な時間を奪い合ってるわけで、伝えたいことだけでいい。「お疲れ様です」とかいる?いらないだろそんなの。早くしてくれ!結果どうなったか、どうしたいか、これからどうすべきかだけでよくて、なぜとかどうしては無意味。で、じゃあどうする、のほうが100倍重要で、未来に向かって時間を使うべき。いちいち報告なんていらないから、とにかく前いけよ。進まないとわからない。

銀座の華やかなお店で食べる魚より、不衛生でも港で獲れたての魚をたべるほうがよほどうまい。根本的にぼくは付加価値への抵抗がある。うまいことやったやつが利益をもっていくのは完全に企業サイドのフィクションで全くのでたらめ。正当な値付けってもんがあるはずで、ある程度続けるためには儲けも必要で、これぐらいだったら妥当でしょうみたいな感覚的ラインでよく。盛りすぎ厳禁。てか盛り厳禁。

もちろん心の機微みたいなのを感じとって気持ちいいほうがいいにきまっている。好き嫌いもあっていい。だけど。ラッピングされたものに引っ張られると大事なことを見失う。