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なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

正しいか正しくないかじゃなくて、それでいいのかという話

エイベックスの松浦社長が「法律が現状と合っていない」とブログに書いたことに対して批判が高まっている。男だと思った。ロックだ。上場企業の社長がわざわざ炎上するようなコメントをしてまで社会に対して問題提起した。「戦うべき時は相手が誰であろうと僕らは戦う。それが僕らの業界とこの国の未来のためだと思うからだ。」という一文に並々ならぬ覚悟を感じる。ぼくは100%同意する。労基法はクソだ。働きたくない人のためにつくられたルールが、働きたい人にまで及んでしまうシステム的なバグを含んでいる。批判する人たちは、現実路線で「残業代は払わなくてはいけない」と現行ルールをかざして、正論を言っている。正しい。当たり前だ。なぜなら「ルールは守らなくてはいけない」から。

現行のルールがバグっているとき、自分もそうだが、多くの弱者が「ルールに従う」という選択をしてしまう。そのほうが楽だから。そもそも論を言い出して、ゲームのルールを変えようとすると、疲弊するし、消耗する。そんなことをしてまで、自分以外の人のために戦わなくても売上は伸ばせるし、利益は出せる。日本から離れ、海外に就職する有能な若者もその傾向があると思う。ルールが変わるのに時間がかかるし、めんどくさいから、自分がいいと思ったルールの国に行く、という論理で。自分の幸せや、自己の利益を最大化するにはそのほうがスマートだ。すばらしい。

…で、だ。それでいいのかと。そうじゃなくてさ。松浦社長の言葉を借りれば「この国の未来のため」に考えたらどうなんだ、お前ら。はっきり言って、ついてくる人だけついてくる主張だと思うが、ぼくはついていく。ついていきたい。「ルールのなかでうまくやる」のと「わけのわからんルールを変える」という違い。正しいか正しくないかをもちこむと答えはでない。なぜなら両方正しいから。ポジショントークをすれば、そらそうだろうよ。でもトランプが勝ったじゃねーか。みんな気づいているんだよ。正しいことだけがよくないってことに。そう。正しくてもよくないことがある。正しくなくてもいいことがある。この意見もぼくのバイアスがかかっているので、かなり偏ったものではあるが、社会全体が、正しいことだけにテンションがかかりすぎていることに強い憤りを感じる。正しさは、社会システムを変えようとするときには、とんでもない抵抗勢力になる。良いか悪いか、という軸は、個人の主義主張によるものだから、これまた議論になるけど、全員がある一定の型にハメられて、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ…ポイズン!