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なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

主観的な合理性

重要なことは人によって違う、人に動いてもらうためには、自分にはわからないが、そう思わせている背景要因を推測することが大事だ、という趣旨のことを書いたばかりだけど、内田先生が似たようなことをおっしゃっていた。誰しも主観的な一貫性があり、それを探ることが知性であり成熟であると。結婚や恋愛もよくわからない人に対する理解を深めるいう意味では「成熟」が必要か。仕事ではなくプライベートな事案で強制力がないなかで、そこまでして手に入れたいと思えるか、という大前提はあるけども。


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「恋愛は幸せの必要条件なのか?」
ここで大事なのは、女だから折り合いをつける必要があるのではないことだ。性別に関係なく、人として成熟するためのメソッドに近い。
配偶者が示す自分には理解できないさまざまな言動の背後に、「主観的に合理的で首尾一貫した秩序」があることを予測し、それを推論するためには、想像力を駆使し、自分のそれとは違う論理の回路をトレースする能力を結婚は要求します。−−内田樹「呪いの時代」
結婚(恋愛含む)は、相手の中にある「自分とは異なるロジック」を、知恵をふりしぼって理解し、予測を立て、折衝していく営みだという。
そしてこれは、恋愛以外の場に応用できるスキルでもある。
一見するとランダムに生起する事象の背後に反復する定常的な「パターン」の発見こそ、知性のもっとも始原的な形式だからです 。 −−内田樹「呪いの時代」
他者と共生する中で得る知見は、森羅万象への理解を深め、解釈を変え、打つ手を変えせしめるのかもしれない。それが成熟のひとつの有り様だろう。
結婚や恋愛が成就すれば、必ず幸せになれるわけではないが、そこで得るスキルは人生を豊かにする。そういう話だ。

(引用)https://note.mu/yuuuuuiiiii/n/n588b75f204fe