なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

なければならない論

仕事にストレスを感じるのは、能動的にやりたくないことだからか。肉、女、酒、睡眠、運動、音楽…なんかは比較的無意識にちかいかたちで身体が求めているので、考えなくても勝手にできる。それが、やら「なければならない」みたいに縛られると。やりたいやりたくないに関係なく強制執行のような状況に追い込まれ、ストレスフルな状態になる。
人間どうしのやりとりでお金の受け渡しが発生するのは、誰かのために他の誰かが面倒な作業を引き受ける、その手間賃みたいな感覚があり、最初に契約でここまでやるからこれくらいよこせ(あるいは払う)みたいな取り決めをして、問答無用でその面倒な作業を押し付けている面もある。だとすると、引き受けた側は、契約で縛られているので、要はお金をもらうので、やら「なければならない」状態になり、やれなければ、契約変更するか、お金をもらわないか、となる。基本的には依頼する側が、やれないもしくはやりたくない仕事だから、それがお金という指標でその負荷が測られ、バランスされている。
片側にその能力がなくてできない場合には、引き受ける側は交渉する際には有利になるし、誰でもできるような場合には、引き受ける側は不利になる。しかしながら、誰でもできることであっても、みんなやりたくない、みたいな仕事は引き受けてくれる人が少ないので、多めに払う羽目になることもある。
やる側が「だったらお前がやれよ」と言えないのは、やら「なければならない」からであり、やらないのなら仕事は引き受けなければよいのであって、引き受けた以上、なんとかやりきるしかない。生活するためにはお金は必要で、仕事を選べる人であればやりたいことで稼げばよいが、選べない人も世の中にはいて、お金のために押し付けられたことをいやいやながらもやっている人たちにとっては仕事はストレスでしかない。仕事を発注する側が仕事としてやらせ「なければならない」ことなのか、というのはこれまた別の話。