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なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

なければならない論(続き)

自分のやりたいことにお金をはらってもらえるのはとても幸せなことだと思う。仕事が「嫌だな」と思うのは、やりたくないことだからで、つらくてもやりたいことならやれる。例えば、走るのは疲れるけどなぜかやる。走りたいから。明確な意図がある。もし走ら「なければならない」になると、走りたくないときにも走らされ、結果、やりたくなくなってパフォーマンスが落ちる。同じ行為でも、何かに縛られているのといないのとで大きな差がある。
この「やりたいから」というのはとても重要で、やりたいことを仕事にしている人は、本人の思考と社会の思考が比較的近い。ただし、社会で求められていることが自分のやりたいのであれば簡単だけど、やりたいことが社会で求められるかというと、それは難しい。一歩間違えれば独りよがりのわがままで痛いやつになる。新規性や独自性は大事だけど、それが求められているか。わがままができる人=自分の考えていることが仕事にできている人、は半歩先くらいをいっている。ぶっ飛んでいることはお金になりにくい。
それからもう1つ重要なことは、やりたいことは本人にしかわからないということ。例えば、LINEの友達追加に大きなハードルを感じる人もいれば何も感じない人もいる(最近元カノが知り合いかもに出てきて追加するかしないかで超迷った。と同時にそんなことで迷うなんて…とも思った)。ポジティブやネガティブな感情は勝手に自分で決めている。脳がどう処理するか。なので、あの仕事つまらなさそうだなと思えても本人は楽しんでいることもありその逆もある。客観的に、その仕事が自分にあっているかなんて判断できない。やらなければない、あるいは、やらなくてもよいとかに関係なく、やりたいかやりたくないか。