なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

あいまいなままに受け容れるということ

落合陽一さんのソフトバンクでの講演「デジタルネイチャー〜計算機多様性の世界へ〜」が素晴らしかった。
https://m.youtube.com/watch?v=_dUPcFfjnLE

両義的世界線(the world of ambiguity)、このあいまいな美的感覚は日本人はもともと持っていたというくだりは、自分としては西田幾多郎先生の「絶対矛盾的自己同一」とリンクした。この「絶対矛盾的自己同一」って概念はわかりにくくて自分がわかったかどうかもわからないのだけど…シンプルにいうと「Aとnot Aは共存する」という理解。これだとロジックが通らないから、混乱するけど、それは自分の考え方が近代から現代にアップデートされてないだけで、紀元前の世界ではヘラクレイトスが「相反するものの中に美しい調和がある」と言っていた。ところが、プラトンやらソクラテスやらがでてきて、数学主義、合理主義に傾倒して、当然、他者にわかりやすく示すためにはグレーな表現では伝わらないので、Aかnot Aかの二者択一で、極めてクリアに整理されることとなる。これが2000年くらい続いて、20世紀になってようやくハイデガー「真の存在はピュシス(自然)のなかにあった」とか言い出すわけで、日本人からすれば「だから言ってんじゃん最初から(反ギレ)」的な。幽玄や山紫水明なんかは、ほんとうに美しいと思うし、相対するものを共存させている世界観。これを美しいと思えることはこれからの多様な世界において間違いなく強みになる。さらにいえば、西田幾多郎鈴木大拙が同年代の友人関係であったというのが最大の驚きで、鈴木先生と言えば禅だけれどもあの「プレゼンテーションZEN」に代表されるような最近のスタートアップ界隈での考え方と共通するものがある。マインドフルネスなどという象徴的な言葉があるが「ロジックだけじゃダメだよね」と早々に気づいた人たちはすでにメソトロジーとして非合理性も組み込んでいる。自然への回帰というか、矛盾の容認というか、いわゆるlogosではなくphysisへの流れ。2000年のときを経てようやく。ヘラクレイトスさんなんかは「やっとかい!」ていう気持ちなのだろうか。Get Wild !

 

参考)池田義昭、福岡伸一福岡伸一、西田哲学を読む 生命をめぐる思索の旅」

参考)カー・レイノルズ「プレゼンテーションZEN」