なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

「言いたいだけ」は超重要

生きるうえで必ずしもやる必要のないこと(他人からみるとくだらないなぁと思われること)を本気でやったりできたりするのは究極の贅沢だなぁと。くだらないけど自分のなかではキテるってことにハマれることはめちゃくちゃレベルが高い。人間がやる仕事が減り、人間の仕事は遊びに近づくという話は、「やらなければならない」から「やらなくてもいいけどやりたいからやる」への変化にも思える。

1.やらなければならない×やりたくない
いわゆる仕事といったときにまずイメージされるのはここ。自分が置かれている立ち位置、それに紐付いて課される責任など、拘束力があり、基本的には外発的動機から動く。それに対してなんとか喜びを見出そうとしても、そもそもやりたくないことは結構厳しい。

2.やらなければならない×やりたい
やらなければならないことは仕事だけではないが、象徴的なので仕事で考えると、いわゆる天職という職を得たひとたちは仕事をここにシフトできている。やりたいというドライブがあればなければという義務もないので強制的にやらされている人に比べると伸びが早い。

3.やらなくてもよい×やりたい
4つのなかでもっともレベルが高い。遊びや余暇、趣味がここに含まれる。純粋にやりたいからやっているので、他人からどう思われようがあまり関係ないが、でもこの素晴らしさをわかってほしいと他人に言うことがあって、超くだらないことをマジメに語ることがある。ほんとうはわかってほしいと言うより、言いたいだけ。自分が主導しているので絶対的な価値ではかることができ、満足感が強い。やりたいのでやることの範囲は自然と広がり、いい循環にはいると成長が加速する。

4.やらなくてもよい×やりたくない
自分ひとりの限られた資源を考えると、割合的にはここが一番多い。世の中にはまだまだ知らないことが多いし、すべてを知ることはできないけど、この部分の探索こそが人生の幅を広げ、豊かにする。知らないだけでやりたくなきと思っていることもある。ここからやりたいと思えることを探し出せれば充実した人生につながる。

 

補足)「言いたいだけ」に関して、千葉先生がこんなことをおっしゃっていた。「独語的になる、それは、話しているというより、何か大事なものを手のひらで揺すり続けるような状態になることです。こだわりをもてあそんで、自分の享楽を循環させている。人にメッセージを伝えるためではない。ただそれだけで大事な何か、意味以前の何かがある。」

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』より