なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

現実と紙面の乖離

たいていの問題はどちらかが明らかに間違っているというのはなく、両方筋が通っていていわゆるコンフリクトしている状態が多い。どちらを取るかというのは価値観でそこに正しさはない。ルールでそうなっているから、という理由はひとつの論理だけど、そもそもなぜそのルールがあるのか、なんのためのルールなのかみたいなことを思慮しないと、本来の目的から逸れて、振り回されて不幸になる。世の中にあるルールは誰かがつくったわけで、思いは必ずある。悪法と呼ばれるものもあるが、それを作らざるを得なかった事情があるわけで、別の角度からみれば筋は通る。ルールを越えようとするとなぜ問題なのかがわからないと判断できない。その問題の本質といえるようなものとルールをちゃんとつないで、本来的にはこうあるべきだという考えがいる。ルールとか無視して普通に考えたらおかしいと思うものはたいていおかしい。変な理由で正当化されていて誰かが無理してなんとかバランスをとっている。でもそんな状態は長く続かないし、どこかで誰かが正さないとまずいことになる。国やら規制やら権力は変わることに対しての抵抗が強すぎるので、それをも上回る権力がないと正せないけど権力こそ正しい方向にもっていかないとそれに支配される人たちが疲弊する。そういう仕組みだからというのは思考停止している証拠で、だめなものはだめなのでやめたらいいし、それで次がないのであれば単に実力がないだけ。予算は使い切らないといけないなんてのは普通に考えればおかしくて、必要ないなら使わないか別の用途に使うべき。予実がズレるのは普通のことで蓋を開けたら違いましたごめんなさいですむわけで、それなのに予算どおり執行しないと次がなくなるみたいな意味不明な理由でないものをあるふうにみせるのは愚の骨頂。なんかへんてこな理由で続けてつじつまを合わせるのが得意な役人はいらない。まじでいらない。そして自浄してますアピールでルールをキツくして自分たちの首をしめている。それでいちばん被害を受けるのは事業者であり、原資で税金を納めている国民である。