なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

共通認識なんてない

NHKの日本のジレンマという番組にPost-Truthというキーワードがテロップに出ていてなんとなくみてしまった。第三次世界大戦が起こり得るかに関して、国際政治学者の人が、理論的にはぜんぜんありうるがリアリティがないと言っていた。可能性としては0ではない。ただ“ふつうに考えて”あり得ない。その“ふつう”がなんなのかというのは議論の余地があるものの「でもそうでしょ」というのが共通認識のように思う。ぼくもそう思った。言語化できないだけで、結構、根源的なところにやっちゃいけないという線が引かれていて意識しなくても「いやいやそれはダメでしょ」とわかる。
根源的なこととは何か。超簡単に言うと「人を殺してはいけない」。でもそれは、誰かが指摘したように「多様性は認めなくちゃいけない」とか「人種差別はしちゃいけない」とか、ある程度リベラルな価値観をもっているという前提があるから“わかる”だけにも思う。人の痛みを汲み取ることができ、かつ、自分が嫌なことは人にしてはいけないという倫理観。アダムスミス先生も人間は利己的だけど生まれ持った特性で他人の幸福を願う的なことを言っている。だけど現実には倫理観は多様で、なんとも思わずに飛び越えてしまう人々もいる。そこには共通認識なんてない。自分の価値観、自分が普段目にし聞いている情報なんて部分に過ぎない。この当たり前の事実をどこまで真摯に受け止められるか。過去の世界大戦で学んだはずの…ていうのは「は?知らねーよ。そんなの」という現実。世の中には良い悪いの境界線が生死を超越している人たちもいて、敵は殺してもいいというロジックで動いている。そいつら全員と味方になれば殺し合わないかもしれないけど、味方にもなれない。そもそも誰が敵で誰が味方かもわからない。
京都学派の人が二項対立ではなく、西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」を引き合いに出して、違いを意識したまま一緒になる的なことを言っていたけど、ほんとそのとおりだと思った。「で、どうやるの?」はさておき…