なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

無観客

メンバーは「なぜこの時期の沖縄で?」みたいなコメントをしていた。アイドルの子たちからすれば、ファンがいないのは残念でならないだろうし、少しいらつく気持ちは本音だろう。コメントに嘘がない。嘘がないからつかみやすい。人の心をゆさぶる。すごいのはこれを企画したオトナたちだ。経済効果が20億円とも言われるイベントで、当然ながらイベントのプロが天候リスクを考えていないわけがなく、それも込みでプロデュースしたとするとほんとうにしたたか。伝説のライブなんかは悪天候だったりするし、もし無観客となればそれはそれでイレギュラーなので伝説感をつくりやすい。何ヶ月も前から企画していた話なので、無観客ということをどのくらいの確率で想定していたかはわからないけど、シナリオのひとつにはあったと思う。不満がでるのはわかりきったことで、天気のせいにすれば、誰も責められない。逆にめちゃくちゃ好天気だとすると(おそらくそれがいちばん可能性の高い想定シナリオだったと思うけど)いい画が撮れるのは間違いない。そういえば、どうころんでも勝つ勝負しかしないのが負けない秘訣だと言った人がいたなぁ。お店のテレビでやってて無観客?どゆこと?とラーメン食べながらなぜかみいってしまった。

どこまでインプットを減らせるか

いかに少ない情報で同じ結果を出すか。効率化やらレバレッジやら、いろいろな言い方はできるけど、日々の業務で意識すべきことはこれにつきる。インプットをどこまでさげられるか。例えば、大企業には、エクセルおじさん、資料をつくることが目的化している若者、いろいろいるが、もしその資料がなかったとしても同じ結果が得られるのならば、資料はつくらないほうがよい。いわゆるプロセスをふむために形式的に必要なことなのであれば、結果はきまっているのだから、そのプロセスを経ることが大事なのであって中身は問題にはならない。プロセスが決まっていないのであれば、結果だけ求めればよく、どんなインプットがあれば相手を動かせるかだけを考えればよく。やりとりするときはたいてい情報格差があってその差を埋められれば、目的は達成する。自分がアウトプットする側なら、自分の頭のなかを相手にそのまま転記すればよく、そのための方法はなんだって構わない。慣例に流されて過去と同じことをする、同じものをつくる必要はない。
この観点でいけば、コミニュケーションコストをどれだけさげられるかこそが大事になる。家族的な企業は意思疎通が円滑なのでそこらの大企業よりも(いま風に言えば)ピボットしやすく、機動力が高い。新規の営業なんかで、メールして電話して紙で送ってとものすごいコストをかけてアプローチしても結局数字に乗らなかったらなんの意味がなく、遊んでいる風にみえてるやつの知り合いに紹介してもらって一発OKなんてほうがよほど仕事を前に進めている。組織内でのアイドリング時間や認識のすり合わせなんて時間ほど無駄なことはない。
それをシステム的に解消しようとしたテクノロジーがメールであり、携帯であり、LINEである。とくに非同期通信は時短インパクトがでかく。でもそのためには互いの目的意識があっていないと難しこともあり、結局は腹割って話そうかみたいな人間的なコミニュケーションに左右されることも多い。人間は矛盾をかかえているので、かちっと合理的に判断して次から次へと処理できればいいのだけど。という前提で、とこまでインプットを減らして進められるか。そして対人のコミニュケーションというきわめて人間的なやりとりをシステムになじませる技量こそが、抜きに出る要因。

成長の速度

同じ速度は何もしてないのと一緒。それだと勝てない。シェアは相対的なものなので、同じ成長スピードだと負ける。競合より速く変化し優位にたたないともってかれる。新興勢力が思わぬところで伸びてきたり。とられている側はその原因がみえにくく。そもそも敵がみえないことさえある。仕掛けている側のほうが既存勢力をターゲティングして、そことの違いを明確にして、スピードを出せているのでみえている。マラソンで前の選手が何度も後ろを振り返るのと同じで、追う側のほうが精神的には有利。われわれは新興勢力なので、新興勢力の闘い方をするべきで。王道で突っ込んでも勝てるわけがなく、どこで違いを出すか。どれだけはやく作って壊せるか。

ダブルボランチ

長谷部がいない、山口がいない、香川がいない、清武もいない…怪我人が続出するなか、スタメンは遠藤と井手口が起用された。リオでも活躍した若い二人のダブルボランチ。限られた戦力でそうせざるを得なかったハリルホジッチ監督。そして井手口がゲーム中に負傷し、万全ではないコンディションのベテラン今野を投入。他にも怪我人が重なり、チームが混乱しているときに押し込まれて失点。ここまでアクシデントが重なることを予想していただろうか。ゲームリーダーの不在。本田もレギュラー争いをしている状態で絶対的なリーダーではなく。個人のことで気をとられると全体のマネジメントは難しい。暑さを差し引いても、意思疎通ができてきなかったことによるミスが目立ち、チームとしての完成度は低かった。スポットで開催される代表戦なので致し方ないところもあるが、だからこそゲーム中で合わせにいき、状況にあわせて判断し、チームでやるべきことを決めることが求められる。そういう意味では若い二人のダブルボランチは、ゲームを支配する技量はまだなかった。二人にとってはこのうえないチャンスで、個人としては申し分ない強さをみせていたけどボランチとしてチームをひっぱるという役割はまだまだ(長谷部先輩は偉大だ)。おそらく各選手、個人レベルでは一点取ったあと、守るのではなくて二点目を取りにいくというメンタリティでいたはずだけど、ずるずると下がり、守ってしまった。個人の力ではまったく負けていないにもかかわらず、チームとしてたてなおすことができず。久しぶりにサッカーを観たら、なかなかドラマチックでおもしろかった。これが現実。これが生もの。

クリエイターに直接的にお金を落とすことはできるのか問題

サカナクションの山口さんが、グロービスのサミットで「アーティストが着ている服や髪型を褒められて、実際には裏方のファッションコーディネーターさんやヘアメイクさんが凄いのに、表に立っているアーティストがほめられることに違和感を覚えた」というコメントをされていて、まさに自分もそのとおりだとはおもった。一方で、現実にはうまく契約をして、汗をかいたひとにちゃんと配分されるようにするしかないとも。個人的には、汗をかいたやつにカネはおちるべき論を提唱していて、モノをつくるのであれば、開発をいいように使って高く売って考えた人間に還元しないとかクソ!派だけど、キャッシュポイントと付加価値ポイントがズレているビジネスにおいては誰かいちばん成果だしとんじゃってことはわかりにくくて、案件ベースで配分比率を決めざるを得ない。みんなが納得するための材料として、テクノロジーを駆使して、どことどこが繋がっていて、誰がいちばん価値を生んだかをわかるようにすればよいけど、最終的には、人対人でお金儲けの話も絡んでくるので第三者が決めるというよりは当事者間での契約交渉になる気もしている。音楽業界でJASRACにお金を払っても結局ミュージシャンにお金がおちないという話も、音楽とお金を1on1でつないだ形態を前提につくられてた仕組みから起きている問題のひとつ。なので、お客さんがお金を払うポイントは音楽であって音楽じゃないという時代の流れにあわせるべきで、できれば、包括契約みたくややあいまいともいえる契約をして丸め込むのではなく、合理的に配分しないとクリエイターは離れる
どんな価値に対してお客さんがお金を払っていて、どうやって稼ぐのか。ざっくりな解釈でいえば、産業革命がおきた時代に、ひとつの会社で分業がすすみ、開発部門があって営業部門がある、ひとつの会社でお金をうまくまわして経営資源を配分するというマネージメントができてきたのと同じことが、いまの時代に会社という枠組みをこえて起きているだけともいえる。会社という絶対的な権力でコントロールできないので、進みにくいが、そとから資源を補完して事業をつくっていくという点では近い。違う点は時間軸のズレがあまりないこと。会社はいったんお金をプールしてあとから投資にまわす箱だが、案件ベースのオールスターチームは、ライブ的で、チームの持続性は第一義的にはかかげていないので、そのチームはあくまで案件そのものが生んだ価値をプールして無駄な金銭的ストックはあまりしない。利益の考え方も変わっていくのか。

参考)AI時代の音楽は「共感」から「違和感」へ~伊藤博之×サカナクション山口一郎×スプツニ子
http://globis.jp/article/5488

みえているひと

フェルマーが最後のページに書いたとされる「Marvelous Proof Which This Margin Is Too Narrow To Contain」はとても示唆的で、考えるヒントになる。まず問いの簡潔さ。問題は誰でも理解することができる。にもかかわらず超難問。そして、フェルマー自身がN=4のケースを自ら示し、それ以外についても解けたと言い切っている。
ミッションやビジョンをかかげ「あるべき未来」を示し、その実現のために会社が存在するという話は、会社成長にともなう(最初からきれいなストーリーはかけない)単なる管理手法のテクニックではなく、情緒的なものでもある。ちょっと照れるようなことでも多くのひとが「そうだよね」と思える理想を堂々と掲げ、本気で信じられるか。何もないと共感が得られないし、人は惹きつけられない。全員が同じ方向を向く必要はないけど、実態だけだとつなぎとめるものがなにもないし、共通の価値観みたいなものも育まれない。自分で納得してないと人は動かないし、やる気もおきない。誰もが自分の価値基準でダサいことはしたくないし、カッコいいことをしたい。カッコいいといえば、スタートトゥデイという会社にはステキな理念が掲げられている。

企業理念
Corporate Philosophy
世界中をカッコよく、世界中に笑顔を

経営理念
Management Philosophy
いい人をつくる

事業理念
Business Philosophy
つながる人を増やす

これくらい簡潔で、かつ、そうだよねと思えるような理念は嘘がないし、多くのひとたちに刺さるのではないだろうか。時代の感性をうまく代弁しているようにすら感じる。未来はわからないけど、そうと思える確固たるイメージがみえているか。おもしろい未来が頭のなかに現実のものとして描けているか。イメージがあれば、身体は現実と違和感があるのでそっちにむかって動く。その妄想がそそられるものであれば多くの人が勝手についてくる。
フェルマーは、結果を出してないのにおれ知ってんだぜっての匂わすのが天才的にうまい。いまの時代だったら投資家からのウケは抜群だろうなぁ。

参考)https://www.starttoday.jp/about/philosophy/

種と畑の話

芽が出なかったとき、畑に栄養がないのか、そもそも植えた種が悪いのか。二者択一では言い切れないけど、どちらに主因があるかを見極めることはすごく大事なことと思う。そこを読み間違えると、投資に失敗する。種が悪いのに、次から次へと栄養価の高い肥料をつぎ込み、養分たっぷりの畑にしても、ぜんぜん芽がでないし、逆もしかり。中の人からすれば、自分たちの評価にも影響してくる。外から見れば「芽がでない」てことはどちらも事象としては変わらないので、主因ではない側は被害者となる。もし自分が畑の専門家だとすると、ほんとは種がいけてなかったとしても「あそこは畑がダメだよね」と言われかねない。
プラットフォームとプレーヤー。これまではどちらかといえば、どんなプレーヤーがきたとしてとプラットフォームとして機能するか、という視点で仕組みづくりをやってきたけど、こうも結果がでないと、個別具体論に踏み込まざるを得ず、プレーヤーに深入りしている。ミクロなコンサルティングは手がかかりすぎてやっかいだけど、プラットフォームが悪だとなれば、元も子もなく。