なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

どうにもならないこと

生きていると何回かはどうしても自分ではかかえきれないできごとがおこる。そのときに頼れる人がいるか。寄り添って支えてくれる人、逆に支えたいと思える人がいるか。 おそらく生涯のパートナーを得るのはそのいつか起きるかもしれない何かに備えた選択なのかもしれない。生死に関わる問題は人間である以上なんともならない。現実は何でも起きる。残酷なこと。悲劇的なこと。現実を理解はできるが気持ちがついていかない。感情は切り離せない。そしてショッキングなことが起きると自分を守るためにいま起きていることは夢じゃないかと思ったり、そのときの記憶をなくしていたりする。
人は毎日どこかでは死んでいてどこかでは産まれている。世間からすればただひとつのできごとかもしれないけど、自分の近い距離で起きると他人にはわかり得ないこととなる。そしてそれは忘れることのないものとして刻まれる。ほんとうに不思議なもので関わりの度合いによって心理的な振れ幅が全然違う。アダムスミスは人間は本来的にshmpathyをもつと説いた。人が誰かのことを思い、共感できる、共感してしまうという感情は良くも悪くも人生を複雑なものにしている。

機能する論理

果たしてそれはロジックなのか?と思うことがたまにある。「難しいからやらない」も「難しいからやる」もどちらも正しい。難しいこととやるかやらないかに因果関係はないし、難しいというのも客観的事実として難しい場合とただ単に思い込みで難しいと思い込んでいる場合もある。コップ半分の水をどう感じるかと変わらない。どうとでもなるからそれほど意味はない。方向性は同じだけど、立場の違いで違う結論になることもある。新製品を開発するにあたり「大企業が市場ですでに製品を出している」から「自社もやる」もあり得るし「自社はやらない」もあり得る。そんなのは、自社がどうしたいかによる。
両極端の結論を出せる場合はロジックとは言えない。ロジックは客観的な事実に基づいた判断で誰がどのように組んでも同じ結論になるものをいう。1+1はいつ誰が計算しても2になる。気分によって3やら4になっては困る。しかしながら、突き詰めればロジックも厳密には定義に帰着することがあって、前提条件によって揺らぐ。現実社会において、前提条件は揃わないこともあるし、揃っていても変わることもある。実務的には正しい判断の根拠が必要なのであって、理由付けが必要なのではない。素晴らしく整合がとれていて美しく組み立てられたロジックで出された行動に結果が伴わないのは、出した結論に実効性がないからだと思う。実用において機能するのはロジックに加えて、個人の思い(倫理観や哲学とか言われるもの)の強さによるところが大きい。根拠は必要ない。理由付けができたらそれで機能するほど現実は単純ではない。

 

起業するやつの分類

起業家は社会不適合者だという話がある。社会に不適合なわけじゃなく、既存の社会がバグっているから、いまはたまたま適合しなかったというほうが正確か。

いきなり起業しちゃうやつはまともで、文句をいいながらもとりあえず就職しちゃうようなやつはタチが悪い。それでも誰かに不合理なことを言われるばかりで納得できないから、我慢できなくなって自分で始めるけど、自分ではじめたときにはじめて自分の思いだけでは人が付いてこないことを体験として知る。そのときになってようやく考え方が変わる。ああおれが感じていたことは甘かったかもしれないと。社会の要請にある程度寄せていくことは重要で、事業を継続させるためにはこの路線が固い。メジャーなカテゴリにも思える。こういう系はおそらく起業しても無難な事業で社会的なインパクトを与えるには至らない。社会がバグっているのだとすると、うそ→正直→うそと、うそに出戻りしているような感じで、苦労するタイプ。ある意味自分に正直でいるなら正直でいたほうがよく。自分の気持ちをごまかして正直な方向にドライブさせようとするとそれなりにひずみがでる。
正直路線に入りながらも、社会に引っ張られず変わらない人もいる。ここで理想を描いて突き抜けられるといわゆる社会をリードする存在になる。一般によくイメージされがちなベンチャーの経営者はこのカテゴリかもしれない。
最後に、我慢し続けて定年を迎える忍耐強いやつもいる。

1)最初から起業:正直者
正直
2)就職してから起業(社会に寄せる):一般人
うそ→正直→うそ
3)就職してから起業(社会に寄せない):革命家
うそ→正直
4)就職して定年:マゾ
うそ

 

 

ゆずシトラスティー

ずっと思ってたことを言おうと思う。ゆずシトラスティーって、なんでシトラスいれたん。いらんやろシトラス。ゆずシトラスティーができるならゆずティーだってできるのに、なんでゆずティーがないん?チャーハン出す店で白飯がメニューにないとかいうクソな理由で出さん店と一緒や。わしはシンプルがええんじゃ。シンプルが。だいたいシトラスってなんやねん。cutrus。意味:柑橘類の植物…お、おう。シトラスはわかった。ゆずは柑橘類やからシトラスとも相性抜群?とかいうノリちゃうん?いらんねん。そして頼んでいる女子がシトラス顔にみえてきた。ふふふ〜んみたいな、しとらす気取りしやがって。ほんま。まじで。

だったらしょうがないなと思わせる理由

名駅寿がきやがなくなってた。仕方なくエスカにあるらしいとのことで行ってみたがなんと衝撃の530円。まじか。びびる。白ラーメンとやらを食べてみたが、さすがに味は変わらない。そこはなんとか。でもれんげがあれじゃない。店員さんに聞いたら、業態が違った店を展開しているらしく、ぼくのなかでの「寿がきや」はまだあるとのこと。よかった。そして530円のラーメンと300円のラーメンでは少し手間のかけ方が違うらしく、味も微妙に違うとか(寿がきや歴20年以上のぼくをもってしても違いはわからなかった)。でも潰れるくらいなら価格をあげてでも存続させるのが企業なので客が負担するのはまっとうな判断ではある。ファンからすれば値段の高い寿がきや寿がきやじゃねぇと思うけれども、食べられなくなるくらいなら払いたい。そういえば昔、金山にちょっと高めな価格帯の寿がきやができたときも行かなかった。寿がきやといえば、ダイエーの地下と相場は決まっていて気取った感じの店に対してちょっとした抵抗をした(金がなくて払えなかっただけだが、好きじゃないと言い張った)。確かに一般的なラーメンからすれば安過ぎるので慣れ親しんだ名古屋人からすれば違和感があるけど、普通といえば普通ではある。
歴史があってとくにベーシックなものに対しての変更は難しい。当然昔からのファンとのせめぎ合いがあって、伝統を守りながらも次に繋ぐというやつが出てくる。やむなく変えるときには「これだったらしょうがないな」と思わせる理由が必要でそれにどこまで納得感があるか。単価が安いので勝手に想像で苦しい経営なんだろうと思って値段があがったことに対しては許容できるけど、もしこれで味がおちていたらまた話がかわってくる。変えるべきものと変えるべきでないもの。存続させるために必要なお金とその分担。適正な方向に戻したとしてもアンチはいる。でも適正な方向であれば賛同してくれる仲間もいる。

戦略はいらない派だったけど

戦略は未来の設計図なので正解はない。つまり、誰でもかける。同意できるかできないかくらいの違い。戦略にコンサルティングを入れている会社はオートクチュールにオーダーメイドして、ありきたりの戦略には飽きていてどうにか勝てる未来を描きたいとアーティストに発注しているようなもの。ただし、どれに賭けるかは事業を営む経営者しか最終的に判断できないのであくまで判断材料に過ぎない。経営者の好みが色濃く出る部分だと思う。
戦略で飯を食っているプロはいて、いくつものケースをみてきている。彼らは最適な戦略を描き、実行手段としての戦術に落としこんでいる。戦略は目標を変えない限り変わることはないが一歩進めばまた違う問題がでてくるので、戦術は次々に変える必要がある。戦略を熟知したうえで現実に反映させやりきることがきわめて大事。
愚直に猛進しても勝てない勝負はある。戦略はあったほうが進みやすい。金を稼いで存続させるためにはどうやって稼いでいくかという設計図があると計画をたてやすい。計画がないと人を配置できない。仕事がとれるまえにどうやって仕事をとっていくかと思いを可視化するかしないか。なんとなくでも地図があったほうがいいと思うか。いきなりダイブしちゃうか。カリスマ的な人であれば、ついてくる人はいるかもしれないけど凡人の場合、丁寧に説明してはじめて人が動く。戦略としての思いをちゃんと言語化できていないと組織がまわらなくなる(お金を払うという手段は意味を考えずにやらせるという点で強烈)。

相乗効果とは何か

一点突破のマネタイズは不安定なのでどこかがこけてもどこかで支えるというような事業の組み立てをする。異なる力学が働く市場であるほどよく、関連はあれど独立しているほうがよい。2つの事業での相乗効果をだしたいという思いは、キャッシュインのポイントをズラしたいというリスク回避の思考からはじまっていたとすると、共に成長することの裏返しはともに失敗するともいえるので、相反することを両立させようとすることになる。そこで経営者は相乗効果の優先順位をさげて、多くの会社は安定を取る。相乗効果とはリスク回避の副産物か。

ところが、チャレンジングな会社はまったくそんなことは無視していて、いわゆる自分で自分をディスラプトしていく。売上をともに伸ばすみたいな思想は、はなからない。シンゴジラではないけど「スクラップ&ビルド」の回転率の戦いをしている。事業のコンビネーションは、食品と電力のようなまったく異なる業界ではなく、少なくとも同じ取引先に違うものを売るくらいの違い。販社をイメージすればわかるように、販売や物流の垂直統合しながら、異なる論理で動いている市場を狙う。市場さえ切り離しておけば、売上が増減するリスクは回避できる。顧客が同じなので、会社のイメージもつけやすい。マーケットサイドを壊しながらエンジンは一緒。そう考えると、相乗効果は依存関係ではなく、ブランドイメージでもあるし、生産プロセスの効率化ともいえる。