なにそれ経営者のブログ

仕事と彼女と人生観

逃げること

「『もっとも賢明な恋愛のしかたは、女から逃げることだ。』といったのはナポレオンだそうですが、ゲーテもまた、激しい情熱にたえがたくなり、このまま関係をつづけていれば自分のためにも恋人のためにもならないとみてとると、きわどいとこでのがれ、あやうく破滅の淵から浮かびあがるという、まさに忍者の術のような手を用いるのが得意であったようです。それは、冷酷に恋人を棄てる浮気男のやり方とは、似ているようで違います。恋人とともにわが身を滅ぼしてしまうほどの無分別にはなり切れなかったので、やむなく恋人がいる土地から『逃げ出す』ほかには、解決の道がなかったのです。つまり、それぐらい情の深い男であったわけで、そういう激しい体験から、あの輝かしい恋愛文学を、つぎつぎと生み出していったわけなのです。」(*)
あの三島由紀夫が激賞したという名著「快楽主義の哲学」の一説。この本はとくに第四章の「性的快楽の研究」が好きだけど、これは過去の賢人たちについて書かれた第五章の「快楽主義の巨人たち」。いちいちわかりやすく納得させられる。自分の経験と巨人をシンクロさせるのはナンセンスだけど、情が深いからこそやむなく逃げ出すという構図が(正当化しているだけかもしれないけど)刺さる。
ひとりの女性でコップがすべて満たされないことはわかっている。ところがコップに入っている量がゼロでも満たされない。だから女性を追いかけてしまう。そして満たされそうになったらまたコップを自らひっくり返してしまう。というようなことをここ数年繰り返していて。破滅するかもしれないというところまで追い詰められているわけのではないけど、やっぱりひとりの女性へのフルベットから「逃げて」いる。ナポレオンのような巨人がポジティブに逃げることだと言い切っていることにほっとしてしまった自分がいる。


* 澁澤龍彦「快楽主義の哲学」

値段はない

海外には5万くらいでカットするスタイリストもいるらしい。美容師さんと「カットは一律いくらみたいな設定は不自然だよね」という話で盛り上がる。個別取引が成立するし、お客さんは選べる。一万円でカラーもパーマもすべてお任せみたいな仕組みがあってもよい。コース料理でシェフのお任せコースはある。タダでも手術してあげたいというドクターもいる。払う側も支払い能力によってお金の重みは変わるはずだ。信頼関係があれば、それを担保に価格は適正にバランスする。する側もされる側も一定の基準にはめることは難しい。カットでいえば髪質や雰囲気は人それぞれ。プロはその人にあったスタイリングを毎回している。

正しいことが正しいとは限らない

「『4月生まれ有利』『翌3月生まれ不利』は本当か」という記事(*)でなんとかせねばならん、みたいな論調。3月31日生まれとして一言言いたい。はっきりいって不利ではない。むしろ得したとすら思っている。たしかに小さい頃はほぼ1年くらい差があるから成長率の問題で差が開く。でっかいガタイの奴にぶつかっていってふっとばされることもある。けれど、それも運命と受け入れたらいんじゃないか。工夫すればいいし、身体がちっさくてどうにもならない不条理を味わうことで強くなれる。日本人が体格差のある欧米人に劣るみたいな言い訳に聞こえる。同学年だけで勝負するのなんて小さい頃だけだし、1年間で区切ればとうぜん体格差は出る。だれかは大きくてだれかは小さい。体格だけじゃなく知能の差もあるらしいがそれは嘘だ。少なくとも自分は小学生のころ優等生だった。まわりが心配し過ぎな感も。自分の場合もどちらかといえば親のほうが心配していた。いい環境に恵まれたこともあり、それでも本人はすくすくと育ったし、足の速さで負けなかった。足の長さで負けたとしても回転率を上げれば勝てる。この議論、エビデンスに基づいているし、言われたてみれば確かにそうなんだけど、ロジカルに是正しにいくのは、なんだかなぁと思う。


*2018.8.14東洋経済
「4月生まれ有利」「翌3月生まれ不利」は本当か
親や先生は「生まれ月の格差」に注意が必要だ
https://newspicks.com/news/3243975/

エロス再考

フロイトは「原始人たちは、性愛生活や性愛行為こそ、人間にもっとも強烈な満足体験を味わわせてくれるものであることを知っていたので、幸福(快楽)というものを考えるときには、つねにこの満足体験をお手本にした。」と言っている。落合先生は、紗倉まなさんとの対談で「夫婦生活は永遠なる対話でそのいちぶにセックスがはいっているだけ。みんな気にしすぎ」というようなことを言っていた(*)。たしかに異性との関係を考えたときセックスは避けられない。コントロールできそうでできない。一戦交えるときは気持ちが盛り上がらないと気持ちよくないし気持ちは盛り上げようと思って盛り上がるものでもない。そういうもんだと普通に双方が受け入れるのがいちばん。どうしても相手のあることなのでひとりでは解決できない。

* WEEKLY OCHIAI #NewsPicks #WEEKLYOCHIAI https://newspicks.com/movie-series/6

考えはじめる前に

すごく暑い日に何かをせねばならんというときにそのクソ暑いなかむりくり頭を働かせようとするのは間違っている。まずやるべきことは最高の環境にすること。考えるのはそのあと。どうしたら涼しい場所にいけるか。これに全力を尽くすべきで、そのときには無駄に考えるべきではない。…これはわかりやすい例えだけど、じつは小さなレベルでこれと同じことが起こっているんじゃないだろうか。すでにある環境でむりやりなんとかしようとがんばってしまい。もしかすると違うことを考えたほうが先に答えに近づくことはある。ルールなんてない。答えを出せば勝ちのゲームは、自分で考えるんじゃなくて知っているひとに答えを聞くのもあり。だったら知っている人を探せばよい。

現代アートを購入した

ずっとずっとほしいと思っていたアートを買うことがどきた。まあまあ高い(実勢価格を考えれば安い)買い物だったけど幸せな気持ちになる。服を買ったときとも違うし、美味しいものを食べたときとも違うし、ただ幸せな気持ちであることに変わりはないけど、うまくことばにできない不思議な気分。確実に言えることは買ってよかったということ。あるのとないのとで確実にあるほうがよい。毎日みていると麻痺してくるのかと思ったけどそうでもない。毎回ああよいなぁと思う。何がいいのかわからない。2年前に一目惚れして買いたいと思って買うことができなくてセカンダリーに流通してしかも近所のギャラリーでしかも色違いが2枚セットであって、いろいろ重なったのはあるけど、それを差し引いてもよい。もったいないから一枚だけ持ち帰って色違いのもう一つは置いてきた。年末に届くようお願いしといた。忘れたころにやってくるとしたかったけどいまのとこぜんぜん忘れていない。

誠意

正しいと思うことを誠意をもってやればわかる人にはわかってもらえる。ルールだからという理由でうまくいかなかったとしてもルールをともにつくっていこうという同志になれる。間違っているなと思うことを中途半端に押し進めるより、正しいと思うことをやってできないほうがよい。大事なことは理屈や論理ではない。現実を見据えて実現可能な解を探さなければならない。論理は価値観のうえに成り立つ。価値観がしっかりしていないとそのうえにいくらロジックを組み立てても説得力にかける。正しいけど動かないという状態。琴線に触れないから。心を揺さぶらないから。
アドラー心理学的でも目的論と原因論が書かれている。因果関係はあとづけ。決まっていて理由をつけただけ。やりたいことありきだから、〜だからという修飾子にあまり意味はない。原因はなんとでもなる。それよりもむしろ、どうしたいか、どうすべきか。