なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

お金の稼ぎ方はひとそれぞれで

相手の論理でお金を払わざるを得ない状況につめてできるだけ多くのお金を回収するやり方は誠実なのか?取引は相対的なものだから、相手に寄せることはできるけど、こちら側の実態が薄いのにお金がオンされると実働においてひずみがうまれる。お金を集めるというフェーズで期待値を高めることはよいけど、実態がないのにあたかもあるようなふりをしたり、権力的な空虚なものに依拠してお金をつけたりするのはやはり誠実さにかける。お金がないとできないことがあるのでたくさん稼ぐことはとても健全だけど、その方法においては倫理観や価値観が色濃くでる。そんなぬるいこと言ってないでキャッシュイズキングだから貪欲に稼ぎにいけよというのはおっしゃるとおりではあるけど、信頼の積み重ねという意味で長期的には続かない。要は、正しいことをして正当な対価をいただく。ただそれだけのこと。

割り切れない思い

段取りをふめばできないと思っていたことに到達するときのなんとも言えない気持ち。同じ結果になるのならそれはいらなかったんじゃないかと思いがちだけど、振り返ればあたりまえにおもうこともその最中には判断材料がそろっていなくてプロセスをとばすことができないこともある。やられる側からすれば、(なんかうまく言いくるめられたような気がして)そうさせられたときは非常にやるせなくなるし。やる側からすれば、(結果が同じなんだから)そうであるならばそのプロセスはいらなかったんじゃと思ってしまう。ひとの心はデジタルにゼロからイチにきれいにきり変わるわけではないので、じょじょにとかじわじわとか気づいたらとかそういう気持ちのゆらぎはある。だから相応なプロセスは必要…なんだけどこのことに関してなかなか自分のなかで折り合いをつけ、納得感を得ることが難しい。

食事とお酒とベッドの好み

パートナーに共感を求める観点はいくつかあるが、食べ物の好み、お酒の好き嫌い、エッチの回数はけっこう重要なファクターじゃないだろうか。すごく美味しいものを食べて「おいしいよね〜」が伝わらなかったり、あんまりお酒が好きじゃないのに相手がめちゃくちゃ酒好きだったりすると(お酒が好きな人は一緒に飲みたがる傾向が強い)、ぜんぜん相手に悪気はないのにノリが悪いなぁと感じてしまうことがある。あとはやりたいときにやれなかったりすると、すごく求めてくる感じを負担に思ってしまったり、逆になんでしてくれないのとか思ってしまってちょっとしたすれ違いがうまれる。こればかりは、いくら相手が好みのタイプでも、そもそも好き嫌いなので相手に合わせることもできるけどおおよそ一致しているほうが心地よく過ごせる。

それでいいのか問題

ものごとを進めるために(間違っていたとしても)相手のロジックにのっかるてのは、こちらの倫理観が問われる。たぶんそれで進むけどそれでいいのかっていう。仕事だと売上ですべてが正当化され。絶対的にこちらのがみんなにとってよいという確信があるときは、わかってほしいと思うけど、わかりあえない、もしくは、いまはたぶんわからない、てことも。

付き合うということ

相談があります。ぼくとちゃんと付き合ってもらえないでしょうか。ポジティブにうけとってほしいんだけど、おれのことこころからまだ好きじゃないでしょ。それはいままでの発言とか行動をみてそう思ってるのかなぁと感じるところがあって。なんでいきなり好意を示したのかとか、あまり人と付き合わないて言ったところとか、本気で言ってるのかいまいち信用できない、疑っているところがあると思う。おれはあなたのことをいっぱい素敵だなと思うところもあるけど、正直まだよくわからないところもある。全部がわかったうえでというのは現実的じゃないけど、できるだけあなたのことを知りたい。とにかく気になるというのはほんとだし、わからないまま、なにか言えないことをかかえながら続けていくのはお互いにとってよくない。だから本気でお互いに相手と向き合う期間をつくったほうがよい。たぶんまだわからないから不安に思ったり信用できなかったりするんだと思う。
そこで提案です。ちゃんと付き合ってみない?それでだめだったらだめだって言ってほしいし、おれも嫌なら嫌っていう。そうしないと、いつかそうやって気がつくときがくるし、でもその判断ははやいほうがいい。そういう結論はいまのところ考えられないけど、たぶんちょっと疑いながら続けていくよりはよい。おれも頼りたいし頼られたいから。だからちゃんと付き合ってほしい。いかがでしょ。

…業務提携の話。

理論を使わない

ただやる。ただ良いものをつくる。意味を問わない。素敵だな美しいなとおもうときそこに理論は存在していない。当事者は難しいことはよくわからないけどとかいいながらかなり高度なこと(その人でなきゃ、他のひとじゃ絶対できないという意味で)をしていたりする。わかったような気になって外から眺めてしまった瞬間、鮮度が落ちる。ヒットしているコンテンツはもしかすると1人の天才がプロデュースしているのかもしれないけど、それを具現化し表現している人たちはいい意味であまり考えずに仕事をしている。もしかしたらその人たちは本物を知っていて才能への諦めがあるのかもしれない。自分を表現するよりも才能をインフルエンスするほうが世の中の人のためになるということを素直に認められているのかもしれない。人のために自分を消せるというのは強さだと思う。

ファールの考え方

イングランドのサウスゲート監督は「NBAの試合で見られるピック・アンド・ロール(ボールを持った選手をマークするディフェンダーを他の選手がブロックし、そこからプレーを展開する戦術)」をサッカーに応用したという記事(*)がでていた。
今大会、イングランドコーナーキックフリーキックからの得点はグループリーグで4点。ベスト4までの決勝リーグで1点。明らかにプランどおり。しかも斬新な。計画的得点に思われる。サッカーは他のボールゲームに比べるとコートが広く時間も長いため、ひとりあたりのスペースが広く与えられ、走行距離も多いが、局所的には密集してスペースがないこともあり、他のスポーツと似ている戦術が使えるともいえる。ポジショニングはアメフト的だし、セットプレーはバスケ的。
動的に動くゲーム中と静的なセットプレーは別のものとして、切り分けて考えられる。しかも静的なほうはよりプランに忠実に再現できる。かつて、日本代表はセットプレーからでしか点を取れないと批判されたこともあるが、それはその通りで、チームの動的な戦術とは別に、静的な戦術は組み立てられるからだろう。PK戦なんてどのチームでもほぼ実力差はない。なのでスコアレスにもちこんで、セットプレーからの一撃でしとめるみたいなこともありえるし、そこの精度をあげることができればそれだけ勝利に近づくともいえる。
逆に言えば、ファールマネジメントも重要で、動的なゲーム中から静的なセットプレーはうまれるわけで、その接続部分のファールをどう考えて守るか。あたりまえだが、必要なファールと不必要なファールがある。ペナルティエリアの近くでは安易にファールはできないし、逆に必要なファールを瞬時にもしくは事前にどこまで決めておくか。イエロー覚悟でもとめなければならないシーン、流れを切らなければいけないシーンはどうしてもある。これは個人のサッカーセンスによるところもある。また、ファールは狙ってとれないから審判との駆け引きもまた考えなくてはならない。審判もどのラインで笛を吹くかみたいなことは、均一にすべきことはわかっていながらゲームごとにやっぱり違う。さっきのこのプレーで笛が吹かれないならここまでは大丈夫なんだなと、選手は常に考えている。実際ユニホームを引っ張っても吹かれなかったり、わざとぶつかりにいって敵は何もしていないのにファールと笛を吹かざるを得ないプレーもある。
審判側は主審ひとりじゃあまりに負担が大きいため、VARという複数人のジャッジ、改めての確認というシステムを持ち込んだが、これは選手がそれだけ巧みになってきていることを示していると思う。セットプレーを綿密に組み立てているイングランドは、ディフェンス面では極力ファールをさけてボールを奪っている。必要なファールはとりにいき、不必要なファールはしない。スウェーデンとの実力差があったとはいえ堅固な試合運びをした。クロアチアはロシアに延長後半セットプレーから追いつかれている。意図しないかつ不必要なファールがほとんどだとは思うが、セットプレーの起点となるファールをチームとしてどう意識しているかも見方のひとつとして興味深い。

*)2018.7.4 WSJ 「W杯イングランド代表、躍進の裏にNBAの戦術 」
http://jp.wsj.com/articles/SB12230827600627663439504584325422430767140