なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

そんなこと言われてもどうしようもない

映画「おクジラさま」を観た。確かに、ふたつの正義の物語だった。クジラ、伝統、食、命に対する関する考え方が異なり(*1)前提条件が違う人たちが対立していて、いわゆる互いに「話が通じない」という状況におちている。法的には違反していない。だからと言ってやっていいことと悪いことがあるだろうというのが反捕鯨側の主張(*2)。価値観の対立。ひとつの正義ではないところに難しさがある。正義と正義。
自分はどちらを支持するかと言われれば太地町の人たちにつくだろう。日本人だからなのか。小さな町の人たちが困っているからなのか。価値観の押し付けに感じたからなのか。うまく説明はできないけどなんとなく「ほっといてくれや、わしらはわしらでやっとんやから」という漁師のセリフが心に残っている。ある日突然、いきなり外人が街にどかどかとやってきて自分たちの漁業にいちゃもんつけられ、海外にライブで発信され、世界でデモが起き、知らない世界でわけのわからない理由で否定されてしまう。あなた方にも説明責任があるといわれたところで、人口3,000人の街で海外向けの広報をたてるなんてできないし、そもそも英語ができないし、もともと漁師たちからすれば情報発信は自分たちの仕事ではない。そして世界は一方的な情報から判断し、当然それを見聞きした人たちはそちらに流れ、noisy minorityがあたかもグローバルスタンダードかのようになってしまう。
2005年に書かれたフリードマンの「フラット化する世界」という本がベストセラーになって以来、フラット化やらグローバリゼーションという単語をよくきくようになったが、その後の10年間でリアルな世界はフラットにはならなかった。映画のなかで「太地町が絶滅の危機にさらされている」とジャーナリストがコメントしていたが、世界はでこぼこで、グローバリゼーションの波が押し寄せてきて、その波に飲み込まれることを拒む人たちもいる。文化や伝統が関係していれば、生活に直結する問題にもなる。いくら便利だからといっても変えられない、もしくは変えたくない人たちもいて、その人たちに強要しても反発をうむだけである。分断されている。佐々木監督は「グローバリズムによって生活が脅かされている人たちは世界中にいて、太地町はその一つの象徴」とおっしゃっている(*3)。そんなこと言われてもどうしようとないというところまでいききってしまうと、なぜかぼくはローカル側につきたくなる。これがぼくのアイデンティティなのだろうか。すばらしい映画なので超おすすめ。

*1
TABI LABO 「おクジラさま ふたつの正義の物語」あなたは「違い」を愛せますか?
http://tabi-labo.com/282495/okujirasama

*2
少なくとも、太地町が捕獲している7種類のクジラは、絶滅危惧種に指定されているわけではない。世界動物園水族館協会はイルカの追い込み漁がノーだという判断をし日本にもそれを求めているが、太地町の水族館はこれを受けて日本動物園水族館協会から自主的に脱退。

*3
ホウドウキョク 「おクジラさま」の町 シーシェパードと合わぬ価値観
https://www.houdoukyoku.jp/posts/14776