なにそれ経営者のブログ

女の子は好き。でも結婚したくない。

変わることが正なのか

disruptは、イノベーションの文脈で聞くケースがほとんどで、なぜかdisruptiveを否定できない空気を感じている。ほんとか。毒されていないだろうか。これぞまさにフィルターバブルじゃなかろうか。disruptiveの意味は混乱するとか秩序を乱すというもので、日常的にあるとするとちょっとやめてほしいとも思えるような概念。市場を創造していくうえでたしかにぴったりな表現だが、社会の基盤がもしdisruptiveだとすると、とても疲れる。日本語で否定的に感じ、英語では肯定的に感じる矛盾。つながっていない。変わることが正であるという、いわゆるダーウィンの進化論的考え方。しかしながや、世の中のたいていのことは連続的で緩やかに変わっている(だからこそ桶狭間的なこれまでの常識では考えられないような戦略が一気に形勢を逆転させる力を持つのだろうけど)。
そもそも働きたくない、仕事を増やしたくない、という人たちは抵抗勢力に思えるけれども、相手の気持ちはわからなくはない。彼らにとっては我々が抵抗勢力で。変わることためにはエネルギーがいるし、ストレスがかかる。場合によっては血も流れる。これまで生きてきたのになぜいまか。しかも当事者でもない人たちにやらされなきゃならないのか。歴史を振り返ればチャンピオンデータだけが注目され、美しく、かつ、わかりやすい理論だけで語られるけど、実際には現場は混沌としていてジャンクなものが混じっている。むしろゴミデータのほうが多い。

一回死ぬ方法もある。弱い人かいて強い人がいる。全員が全員、強い路線でいけるわけではない。強いものがいいとも限らないし、変わらずに生き残っている人たちもいる。現場のベストは一般論にならない。僕たちは(いまのところ)人間を相手に仕事している。